名店、伏見

京阪三条にある「伏見」という居酒屋をご存知でしょうか? この居酒屋には、他の店には無い、この店だけにあるものがありました。それは強烈なキャラクターの女将さんです。私は愛情をこめて『おかあはん』と呼んでいました。

 

今から二十数年前、知人に初めて連れて行ってもらった時は度肝を抜かれました。何を注文しようかと迷っていたら、「今日、おいしいアワビ入っているで!」と言われ、高そうやなと心配顔をしていると、「半分にしとくから半値でいいわ!食べときぃ」と一気にまくし立てられ、気付いたらアワビを食べていました。おいしいな~と言ったら、「ハイ、残り半分!」と結局一人前をまんまと頼まされ、「なんちゅう商売の仕方しよんのや」と驚きました。

この『おかあはん』、客を客とも思わないメチャクチャなことを言うんです。おすすめを断ると「ケチッ!」と言うわ、ダラダラと飲んでたら「もうすぐココ空くわ!」と追い出しにかかるわ、食べ残しがあると「ここ残ってる、残すな!」って叱るんです。でも、不思議なことに言われてぜんぜん嫌な気がしないんです。そして、常連さんも初めてのお客さんも一切の分け隔てなく、同じ接し方をする。口は悪いけどストレートでテンポのいい物言いにすっかり魅了されました。それから月に数回のペースで通うようになりました。

 

その伏見が今年5月末日でのれんを下ろされました。私は最終日の一日前に行ったのですが、開店1時間前から50人の行列、帰り際に涙を流すお客さんもおられました。お客さんから、この店、この人と選ばれ、愛される、こういう商売、こういう仕事をせなあかんと思わされました。